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高橋昌一郎さんという哲学者・論理学者の方が講談社現代新書に『理性の限界』、『知性の限界』、『感性の限界』という限界三部作を出していて、これがどれも知的興奮を伴う名著なんです。

何が面白いかというと、我々の常識と学問の最先端がいかに食い違っているかということ。

まあビジネスの世界でも、従来の「常識」にとらわれていてはうまくいかないというのは、実感なさっている方も多いと思います。そういう方には、ヒントに満ち溢れた三部作だと言えますが、特に『感性の限界』はビジネス上のヒントが多いように思います。

エピソードを1つをご紹介しましょう。「え?まさか?」と思うはずです。

●「20%」と「100人中20人」とで……

ミシガン大学の心理学者ポール・スロヴィックが行った実験の話です。

被験者は、アメリカ法廷心理学会に所属する心理学者と精神科医、479名。つまり精神病理の専門家中の専門家です。

スロビックは、被験者を任意の2つのグループに分けて、暴力的傾向を抑制できずに強制入院させられた「精神疾患を抱えたヴェルディ氏」を退院させるべきかどうかを被験者に聞きました。

第1のグループには「ヴェルディ氏のような患者が退院後半年の間に暴力行為を繰り返す確率は、20%であると思われる」という専門医師の所見を渡しました。

一方、第2のグループには「ヴェルディ氏のような患者は、退院後半年の間に100人中20人が暴力行為を繰り返すと思われる」という所見を渡しました。

要するに、「20%」と「100人中20人」という言い方の違いだけなのですが、どんな結果になったと思いますか?

●倍違う!?

普通、結果に大差はないと思いますよね?

だって、プロ中のプロが約240人ずつですよ。同じことを言っているのに意見が違うなんて思いもしません。

ところが、実際の結果は驚くべきものでした。

第1のグループでは退院に反対な人が21%であったのに対して、第2のグループでは倍の41%もいたというのです。

この実験の追試がどこまで行われたとか、細かいことは(ネットで調べてみた範囲では)よく分からないので、どこまで信じていいのかは保留します。

ただ、ありそうな話だという気はするのです。

●原因は分かるが理由は分からない

原因はハッキリしています。「20%」と「100人中20人」という言い方の違いです。割合よりも具体的な数値のほうがイメージが湧くということです。

しかし、いやしくも専門家が集まっていてなぜ倍もの差が出たのか、その理由は「現在の認知科学の中心課題」、つまりまだよく分かっていないということのようなのです。

ただ、これをビジネスに応用するのは簡単です。

「50%オフ」というバーゲンセールをやるのであれば、具体的な数字も添えるということです。

たとえば、「50%オフで、スーツが平均3万2千円引き!」という感じでしょうか。

専門家で倍ですから、一般の人であれば、具体的な数字も添えたほうに3倍ぐらいの数の人が反応しそうに思います。

実際、これは商売人には広く知られていることのようで、僕もセミナーの割引をするときに吉見塾長から「具体的な割引額を入れたほうが反応がいいよ」とアドバイスされたことがあります。

そのときは、「そんなことで反応が変わるなら苦労しないよ」と思ったのですが、実際にやってみると急に申込みが増えたので驚いた記憶があります。

●アンカリングなどもバカにできない

先ほどの例は、数字云々よりもバイアスのないこと(公平であること)を求められる専門家が、言い方次第で簡単にバイアスを持つようになる。ここがショッキングなところなのでした。

人間にバイアスを持たせる手法はいくつかあって、たとえばアンカリングというものがあります。

これは、期間限定サービスなどの手法で、いったん「できれば買いたい」という前提を持たせる手法です。人間いったん買いたくなると、買う理由をどんどん強化する傾向があるので、この手法はとても有効なのです

要するに「35%オフ、15,000円引き。ただし、明日まで!」というのはとても有効なやり方なのです。バカにしている人も多いのではないかと思うのですが。

実は、これを書いている僕自身が、たまたまそのようなメールを目にしてしまい、前から買うか買うまいか迷っていた商品ではあったのですが(だからメールを読んでしまったということもあります)、高いので我慢していたのを、とうとう買ってしまったのです。

仕事用のソフトウェアで、実際に役に立っているのでいいのですが(でも、この評価にもバイアスがかかっている可能性は十分にあります。人間は後悔したくないために買ったものに対して高い評価をすることが多いのです)、しかし、我ながらびっくりするような買い物でした。

●人間の行動は合理的とは限らない

人間の行動は合理的とは限らない――このことを理解しているだけでビジネス、特に広告の書き方は変わってきます。もちろん、詐欺はダメですけどね。

もっと事例を知りたい方は、『感性の限界』をぜひお読みください。

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